1943年
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中国・新京で生まれる
敗戦後日本に引き上げ滋賀県甲賀群の母方の祖父母の家へ。 |
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京都の成安女子高校被服科卒業後、大阪ミノルタカメラ入社。お茶、お花、メイクアップ教室、英語学校などあらゆる習い事に励む。 |
1963年
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上京して、牛山美容文化学園に入学。 |
1964年
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銀座・松屋の牛山喜久子美容室に勤務。 |
1967年
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大阪へ戻り、結婚。ゲラン入社。 |
1971年
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夫の転勤に伴い、米国カリフォルニアで2年過ごす。 |
1985年
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夫が他界。 |
1988年
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パルファン・クリスチャン・ディオールのインターナショナル・トレーニング・マネジャーに就任。 |
2003年
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ディオールを定年退職後、エステティック・サロン「サロン・ドール・マ・ボーテ」を開業。 |
2004年
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代々木に総合美容施設「ビューティータワー」をプロデュースし、サロンを開業。チャモロジー・スクールを開校。 |
<著書>
『佐伯チズの頼るな化粧品!』『佐伯チズのスキンケア・メイク入門』『美肌革命』『美肌食』『佐伯チズメソッド艶つやメイク』『美肌手帖』(以上、講談社)など
※『美肌手帖』は2005年10月20日に出版された新刊です。
チャーミングメイクアップ教室の卒業式のメイク(18歳)
ゲランに入社。お客様に接しているチズさん(24歳)
パルファン・クリスチャン・ディオールでは、トークショーの講師も(48歳)
今でも多くの女性の肌をみているビューティータワーの施術室(62歳)
| シミもくすみもなく、ハリのある美肌を維持している佐伯さんのモットーは、「自分に言い訳をしないこと!」。肌を愛し、キレイになりたいと願いながらスキンケアをすれば、必ずキレイになれるそうです。高い化粧品や特別な施術は必要なし。誰にでもできるスキンケア法だからこそ、10代〜80代まで幅広い年代に支持されています。そんな佐伯さんが普段行っていることを教えてもらいました。 |
・クレンジングで汚れを取り、あとはぬるま湯できれいに洗う
(オイルクレンジングは絶対使わない!)
・化粧水をローションパックする。
・UVを入れこむ
・美容液+クリームを入れ込む
※忙しいときは顔を洗って美容液を入れるだけのときも! |
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【編集後記】
佐伯チズさんに会った瞬間、思わず背筋が伸びた。シミやくすみのない美しい肌の内側からわき上がる、それはオーラのようなものだった。なんとパワフルで魅力的な女性なのだろう。いくつかの著作を読んで美容に対する考え方には感銘は受けていたものの、これほど強く人を惹きつける人だったとは、想像もしていなかった。それほ どに、彼女の生き方や考え方は自信に満ち、しかも説得力があったのだ。あいまいな不安や迷いを抱えて悩んでいた自分が恥ずかしくなった。1時間半の取材で、私は、自分に自信を持つこと、責任を持つことの意味を教えてもらい、すっかり信者になってしまったようだ。最近の私は、考え方はもちろん、生活スタイルも佐伯流。今日の私も、佐伯流スキンケアで始まった…。(text;chie Saito) |
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累計100万部を超える著書、メディアからの出演依頼は絶えることがなく、彼女の施術を待つ女性は1000人を越えるという、いま最も注目されている美容アドバイザー・佐伯チズさん。女性たちの圧倒的な支持の源泉は、チズさんの強い信念と自信にありました。最愛の夫を失うという悲しみの底からの復活…。生きることに迷うすべての女性に向けたメッセージをお届けします。 |
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ご自分の仕事、考え方、ライフスタイル…すべてに自信と信念を持って生きているとおっしゃる佐伯さん。自信は人生経験の中から生み出されたものだと思いますが、具体的にはどのような体験をし、どのような考え方で生きてこられたのでしょうか? |
佐伯:私は、10代の頃からとにかく一流になりたかったんです。だから学校を卒業してOLになったときは、毎日同じことの繰り返しに満足できませんでした。好奇心も人一倍強いほうでしたし、「やっぱり技術を身につけて自分にしかできないことをやりたい!」と強く思ってOLを辞めて、美容学校に通って、美容室に入ったのです。
また、結婚退社した後も、主婦業と両立できる土日が休みの会社、ゲランに再就職しました。当時は日本に入ってきたばかりのブランドでしたが、フランスの超一流ブランドということに魅かれて働き始めました。
もちろん最初は雑用ばかりでしたよ。でも、お客様の喜ばれることは何かを常に考えて、自分なりの工夫を続けました。そうすると、ちゃんと結果が帰ってくるのです。そして、「一流を目指せば一流になれるんだ!」という自信もついてきましたね。
たとえば…、お客様への手紙に香りをつけて送ったり、電話で近況をお話したり…、人とは違う“ひと手間”をかける努力をしたのです。するとお客様は「次も佐伯さんがいい!」と言ってくれて…これが自信につながりました。
また、「自分はプロである」ということをきちんと自覚して、どんなことでも聞かれたことには100%即答できるようにしました。与えられた仕事以上のことをやる、自分で仕事を作り出す…、そんな仕事を続けていくうちに、自分の好きなように仕事を進めていけるようになりました。
プライベートでも、とにかくたくさんの雑学を身につけました。ショッピングをしながらメイクやファッション、インテリアのことを学んだり、あらゆる分野の本を読んだり…。何でも「これいただき!」という物を見つけて、自分のものにしていったのです。これが私の自信の源ですね。
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佐伯さんのお若いころは、まだ女性の職場進出が珍しい時代でした。そんなふうに個性を出していくと、上司との衝突もあったと思いますが、どうでしょうか? |
佐伯:もちろんありましたよ! 私はこのようにあっけらかんとしているので、順風満帆だったように見えるらしいですが、会社では上司と衝突ばかり。こちらがベテランになればなるほど、素直に言うことはきかないし、お給料も高くなるし、煙たい存在だったに違いありません(笑)。でもね、私は自分で仕事を作って、売り上げを上げて、会社の業績に貢献していたんです。だから、会社は何も言えなかったみたいですね。
私にとって仕事とは、与えられるものではなく自分で作り出すもの。自分で作り上げた仕事で結果を出したからこそ、意見も言えるし、社内で一匹狼になっても気になりませんでした。やりたいことをやっていて、しかもお客様が支持してくださっているんだから、楽しく仕事していましたよ。
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自分の意志をまげないで、しかも仕事は順調というと、すごくハッピーで強い女性という印象を受けますが、ご主人を亡くされたときは、心も体もボロボロになったとうかがいました。そんなどん底の時期をどのように乗り越えたのでしょうか? |
佐伯:結婚願望が強かったので、24歳のとき、タバコを吸わず賭け事もしない理想通りの男性と結婚できたときは、本当に幸せでした。以来、けんかをしたこともなく、お互い生まれ変わっても一緒になりたいね、と言っていたほどだったのですが、私が40歳のとき、主人がガンを発病。すべてを投げ打って看病に尽くしましたが、願いは叶わず…。本当に主人と一緒に逝きたかった…。そして何もする気になれず、毎日ただ泣くだけの生活が1年以上続きました。髪は白髪を通り越して黄ばみ出していたし、眼の下にはドレープのようなシワ、頬は垂れて20〜30歳くらい歳を取ったみたい…まさに肌地獄でした。
でも、あるとき鏡を見て気づいたの。「こんな顔を主人が見たら悲しむだろうな〜」と。それで、「1人で生きていかなくてはいけない! 自分を元に戻そう!」と決意したんです。
それから必死に自分の顔をケアして、祈る思いで肌を蘇らせました。そして1年半後、肌は復活。パルファン・クリスチャン・ディオールのインターナショナル・トレーニング・マネージャーに就任して、美容業界への復帰を遂げたのです。そのときの経験から、「どんな肌の人も、絶対にきれいになれる!」と自信を持って言えます。
本当よ。肌は、「きれいになれ」と祈りながらていねいに手入れを続けたら、必ずその期待に応えてくれるんです。
20万人以上の女性の肌に触れてきた手。どんな肌もキレイにできる、まさに「ゴッドハンド」と言われている。

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仕事も生活もそこそこ…でも結婚や恋愛との両立で悩んだり、漠然と将来への不安を感じたり…、佐伯さんのように自信をもって何かをしているという状態とは、ほど遠い女性が、今、とても多いと思います。どうしたらあやふやな迷いや自信のなさを克服できるでしょうか? |
佐伯:あやふやな迷い…、それは、自分の目標をしっかり立ててないからでしょう。もう一度きちんと自分を見つめなおし、自分が何をしたいのか、しっかり自分の目標を立てていかないと、何をやってもうまくいかないと思いますよ。「結婚したいのかしたくないのか」「資格取りたいのか取りたくないのか」。私は、すべてにおいて目標に向かって生きていくことで成功が手に入ると思っているので、迷っていられなかったんです。迷ったら挑戦してみる! そしてその挑戦から何でも吸収する。目標さえはっきりしていれば、どんなことでも自分のためになるんです。これが大切だと思いますよ。
悩みがあるときは、何のために悩んでいるのか意味を考えてみること。「何をしたいの?」「そのために何をすればいいの?」。諦められる程度のものならば、悩む必要はないのです。ただ何となく悩みながら生活をしていたら、あっという間に歳を取ってしまいますよ!!
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でも、若いうちは、自分が何をやりたいのかわからないという人が多いと思います。佐伯さんご自身は、美容業界で生きていくと決めるまでに迷いや不安はなかったのですか? |
佐伯:もちろんありましたよ。私は、好奇心が強くて、いろんなことに興味があったので、いろいろとチャレンジしてきました。高校のときは、舞妓さんに憧れて祇園まで踊りを習いに行きましたね。また当時は女性の職場が限られていたので、資格を取らなくちゃ!と、お茶もお花も習いに行きました。高校の途中からは、黒のスパッツが似合う体操選手に憧れて、本気で体操の教師を目指したことも。これは親に反対されて、結局ふてくされてOLになったんですけど、それが失敗でした…。今でも体操選手については、意志を貫けなかったことを後悔しているんです(笑)。
かっこよさに憧れてフランス語も習ったこともありましたが、結局挫折して英語に転換。今思えば最初から英語を習っておけばもっと早くしゃべれるようになったのに…って後悔。だから、私は回り道も後悔もしています。でも、それもありだと思うのです。最終的に自分が何をやりたいかが見つかるまでは、トライ&エラーを繰り返してもいいでしょう。自分で挑戦したことは失敗も含めて糧になるものです。ですから結果をきちんと認識して、次の目標を立てるといいんですよ。
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2004年に東京・代々木に総合美容施設「ビューティータワー」をプロデュースされ、今年は後進を育てる学校もスタート。学校では若者と接する機会が増えたと思いますが、彼らに苦言を呈するとすれば、どんなことですか? |
佐伯:先輩の知恵やテクニック、ノウハウなどを「盗み取ろう!」という意欲が足りないように思います。言われた事しかできない人が多いですね。仕事はね、単純な作業だけではないのです。1のことを言われたとき、10のことをやってこそ達成感が得られるんだと、私は思います。
もうひとつ、言い訳をする人が多くなりましたね。愚痴や言い訳は自分の弱音を見せているようなものですよ。「言い訳するくらいなら、もっと努力をしなさい!」と言いたいですね。自分で工夫して努力すれば、自信と実力は自然と身に付いていきますよ!
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